日本はMMT(現代貨幣理論)を実践しているのではありません

はじめに;

 2回のMMT論争の紹介で、わが国がその先頭を走る、MMTの実践国と言わんばかりの紹介や指摘が気になっていましたが、5月31日と6月3日付の日本経済新聞の経済教室コーナーで、現代貨幣理論MMTを問うと題するウィレム・ブイター シティグループ特別経済顧問 キャサリン・マン シティグループチーフエコノミストの共著 及び宮尾龍蔵・東京大学教授による投稿記事が掲載されたので、ここにご紹介します。

 

シティグループチーフエコノミストのお二人による、その<ポイント>は;

 現代の国際経済下では成り立たぬ主張も
○ ハイパーインフレ誘発なら多大なコスト
○ 日本も流動性のわな脱せばインフレ懸念

というものです。

 

MMTの基本的な前提は独自の不換通貨を持ち、公的債務(国債)の大半が自国通貨建てで、かつ為替が変動相場制をとる主権国家は決して破綻しないというものだ。そうした国は公的部門のすべての赤字を通貨増発で手当て(財政ファイナンス)できるため、公的債務がどんなに膨張しても心配には及ばないという。

MMTによれば、財政支出を停止しなければならないのはインフレが行き過ぎた場合だけで、現時点で低インフレのほとんどの先進国は財政支出を控える必要はない。日本はまさにこの理論が当てはまるという。日本が流動性のわなに陥り、金融政策が効かなくなっていることは明白だ。現在のインフレ率も近い将来高インフレになる危険性も、財政支出や財政ファイナンスを打ち止めにすべき水準には程遠い。

 

だがMMTには、金融化(金融の相対的重要性の拡大)が著しい現代のグローバル経済下では成り立たない主張が含まれている。

第1に政府財政では、論理的に赤字が必ず黒字に先行するというものだ。納税者は税金納付時に政府の発行した通貨で払うからだという。だがこの理屈は、国家は民間部門に貸す(民間部門から証券を購入する)だけで、赤字にならずに経済に通貨を供給できるという事実を無視している。

第2に公的債務は将来世代の負担にはならないという主張だ。これは、財政赤字を手当てする目的で発行された公債が触媒の役割を十全に果たし、民間部門の需要を刺激し、金利を含む償還に必要な税収を生み出すことが前提になる。公的債務でファイナンスされた財政赤字が、民間債務でファイナンスされた投資と等しく生産的だという前提は相当強引だし、財政、金融、個人の選択に左右される。

第3に政府は1品目の名目価格を設定するだけで、あとは市場が相対価格を決めるに任せ、裁量的に通貨を増発してよいというものだ。この主張は貨幣的均衡と矛盾を来す。ここでは金本位制の前例が参考になろう。金本位制を採用した瞬間から、もはや中央銀行は自国の不換通貨を裁量的に発行できなくなる。

 

MMTが最近注目されるのは、現在の低インフレと超低金利の組み合わせが、財政ファイナンスに関するMMTの主張にとって理想的な環境を形成しているからだ。筆者の考えでは、ELBと長期的な流動性のわなが併存する現状は特異な経済環境であり、この環境に限ればMMTの中心的な主張(通貨増発による財政出動の拡大)は成り立つ。

 

期限付き商品券を国民に配布するといったヘリコプターマネー政策も、今日の日本になら効果があるかもしれない。だが米国と英国は流動性のわなから脱しているし、ユーロ圏、いや日本でさえ、どこかの時点で金利がELBを上回るだろう。そうなったとき、巨額の財政ファイナンスが引き起こすインフレは日本にとって深刻な問題となろう。

 

米国のMMT論者は、雇用保障政策などの原資を財政ファイナンスで賄うことを提案するが、供給サイドの刺激や所得分配の観点から価値があるなら、MMTと関係なく実行すべきだ。

 

最後に財政ファイナンスの総額そのものよりも、所与の額に対してなされる財政選択の方がはるかに重要なことを指摘したい。財政選択とは、財政支出の変化の規模と、構成や租税構造の変化の詳細を意味する。

流動性のわなに陥った状況であれば、通貨増発による財政出動は景気変動抑制効果の点から望ましい。だがひとたび流動性のわなを脱したら、インフレを誘発せず通貨発行益を最大化することに細心の注意を払わなければならない。

 

次に、宮尾龍蔵・東京大学教授による、日本との相違点についての<ポイント>は、


伝統的なケインズ経済学と多くの共通点
○政府・中銀、財政均衡や物価安定目指さず
○日銀は金融緩和策を財政に従属せず実施

というものです。

 

この論争が分かりにくいのは、批判する主流派学者もインフラ投資の拡大や医療保険の充実など積極的な財政支出を提唱する点だ。政策の内容だけをみれば、伝統的なケインズ経済学とMMTは共通点が多い。

 

われわれ日本人が困惑するのは、提唱者のステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大教授が「日本はMMTを実践してきた」と、最近の財政金融政策をMMT理論の実践と位置付ける点だ。政府・日銀は明確に否定するが、公的債務は膨張を続け、日銀による大規模国債買い入れや長期金利をゼロ%程度にコントロールする政策は、MMTの政策提案に重なってみえる。

 

政府・中央銀行の「政策レジーム」の組合せと各経済学派の想定

 

中央銀行

 

物価安定を目指し政府・財政とは独立

物価安定を目指さず政府・財政に従属

財政収支の均衡を目指す

A.主流派経済学(新古典派、ケインズ派)

 

財政収支の均衡を目指さない

C.主流派経済学(物価水準の財政理論)

B.異端派経済学(MMT、ヘリコプターマネー)

 

中央銀行は政府・財政とは独立した法制度のもと、物価安定を目標として金融政策運営を行う。これらは現代の先進国に共通する政策レジームだ。

一方、MMTでは財政収支の均衡を目指さない政府と、物価安定を目指さず政府・財政に従属する中央銀行の組み合わせを想定する(表1のB)。政府は無規律・無制約に財政赤字の拡大を続け、中央銀行は物価安定でなく、財政をサポートするための金融緩和と金利抑制が義務づけられる。

MMTが異端で誤りとされる理由はまさにここにある。財政拡張や金融緩和という政策行動は同じにみえても、それを実行する政策レジームの組み合わせが異端なのだ。MMTの世界では、中央銀行は枠組みとしての財政従属に取り組む責任があるため、それが実行可能となるように中央銀行法や財政法は改正される。インフレ率をコントロールする責務は、中央銀行ではなく政府と議会が担う。

景気過熱や高インフレが懸念されれば、増税により抑え込むとMMT論者は主張する。しかしただでさえ増税は不人気であり、合意形成に時間がかかる。機動的かつ十分な増税ができなければインフレが高進し、「インフレ税」により人々の生活は圧迫される。

政策レジームという観点からとらえれば「日本はMMTを実践してきた」との主張が誤りなのも理解できよう。政府と日銀による機動的な財政政策と大規模な金融緩和というポリシーミックス(政策行動の組み合わせ)は、MMTが想定するような政策レジームの下で実施されたものではない。

 

すなわち日本政府は中長期の財政再建を国際的な公約として表明している。膨張を続ける社会保障関連支出も、保険料引き上げ、年金のマクロ経済スライド、消費税増税などの取り組みを伴っている。決してフリーランチ(ただ食い)で運営されているのではない。

日銀は物価の安定を政策目標とし、その政策運営の独立性と透明性は日本銀行法により規定されている。国債引き受けも財政法で禁じられている。大規模な国債買い入れや長短金利をコントロールする政策は、政府と合意した2%の物価安定目標のもと、日銀自らの判断で実施してきた。

 

政策レジームは一連の政策行動が将来にわたり繰り返され、そして当局がそれにコミットするという意味を持つ。そのためには制度的な枠組みも必要となる。同じ財政赤字と金融緩和でも、日本は通常のレジームを堅持しているからこそ経済の安定が保たれている。

かつてデフレ脱却の処方箋として「ヘリコプターマネー」(貨幣発行でファイナンスされる減税政策)や「インフレが2%に達するまで財政再建を棚上げにして消費税増税を延期すべきだ」との議論(物価水準の財政理論)といった提案がなされた。それぞれが依拠するレジームは表1のBおよびCに分類できる。仮に各提案を実行すれば、法制度など枠組みの変更を伴う点に留意する必要がある。

MMTを巡る論争に意義があるとすれば、財政政策の選択肢を再考するきっかけになったことだ。

安全資産である国債の金利が成長率を持続的に下回っているこの状態が持続すれば、公的債務の国内総生産(GDP)比率の発散は抑えられ、財政政策の余地は広がる。MMTのようなフリーランチは仮定せず、しかし分断された社会の声にも応えていく知恵が主流派経済学にも求められる。

 

おわりに;

仮に通貨発行権を持つ国は気前のよい財政運営が許されるという理屈が成り立ち、政府が破滅的なインフレを回避する力を持っていたとしても、財政赤字の無限の拡大や、ハイパーインフレ等を起こさない保証はどこにもない。大規模課税にしろ、ハイパーインフレにしろ、行き着く先で最も困ることになるのは経済的弱者なのでしょう。インフレをしっかりコントロールすることや、いざという時の課税は容易でないという教訓を忘れてはなりません。

 

超高齢化社会の最先端を行く我が国においては、少なくとも福祉等の名を借りて、MMTを、財政改革を怠る口実にすべきでは無いでしょう。

 

                        以 上

 

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